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石巻・三陸鉄道、再訪の旅(前編)②~石巻~

昼食後、今野さんの車に乗って、再び大川小学校を訪れました。

前回の時は雨が降っていましたが、今日は晴天。

泥土と瓦礫があったところは草が生い茂っていました。

時折、強い風がビュウビュウと吹き付けます。

奈保子さん「ここに来るといつも風が吹いています。みんな流されて遮るものがなくなってしまったからでしょうか…」


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入り口の献花台にはたくさん花が献げられています。

そして校庭の一角には、大川地区で亡くなられた方々の名前と年齢が刻まれた慰霊碑が建てられていました。

6歳、7歳、8歳…

あまりにも若すぎる年齢を目にする度に、胸が苦しい。

3年という月日が流れていても、ここは今も時が止まったまま。

やれきれない思いが込み上げつつも…そっと手を合わせました。


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津波の跡が今も残る校舎。

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奈保子さん「ここは土台から流されてしまったけれど、もとは体育館でした。この体育館には私もママさんバレーをしに、よく通っていたんですよ」

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子ども達が描いた、『銀河鉄道の夜』の壁画。

奈保子さん「広夢が入学したばかりの時、『学校にね、SLの絵があるんだよ!』って嬉しそうに話していました。ここは広夢のお気に入りの場所だったんです」

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空は抜けるような青空。

3年前の出来事が信じられないほど、静かで穏やかに見える風景。

けれど、やはりここは、今も深い悲しみに包まれたままです。


今、大川小学校は「取り壊そう」という意見と、「残そう」という意見とに割れていて、この先どうなるのか決まっていないそうです。

奈保子さん「……正直、毎日考えが変わるんです。もうこんな辛いこと、思い出したくないから早く取り壊して欲しいと思う日もあれば、ここが広夢たちが生きた証だから、残して欲しいと思う日もあって…。
もともとは遺族のための場所だったこの地が、だんだん観光地化されていってしまっているのも…伝えていくことは大切だと思いつつも、複雑な気持ちですね。」



(石巻・三陸鉄道、再訪の旅(前編)③~石巻~へ続く)



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