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石巻・三陸鉄道、再訪の旅(後編)④~三陸鉄道北リアス線~

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5月20日(火)3日目最終日は、北リアス線を旅します!

南リアス線の時より時間に余裕があるので、できる限りいろんな駅に降りてみようということに。

横見さんがさんてつのスタッフさんと知恵を振り絞って作ったプランを元に北リアス線の駅を巡っていきます。

まずは宮古駅からスタート!

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新しいさんてつ車両にはクウェートの紋章を発見。

湾岸戦争の時に日本が支援したことに対する恩返しとして、クウェートが岩手、宮城、福島に原油を無償提供したそう。

その原油を売ったお金で、この車両を買うことができたそうです。

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冨手さんが見送りに来てくださいました。

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「旅を楽しまれてくださいねー」

さんてつスタッフの皆さんは、いつも笑顔で手を振ってくださいます。

冨手さんの素敵な笑顔に癒されながら、宮古駅を後にします。

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最初に降りたのは田老駅

なんと、望月社長が田老駅まで同行してくださることになり、震災当時の写真を見ながら、復旧への道のりをわかりやすく解説していただきました。


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震災直後の田老の町。田老駅の駅舎になっていた観光センターを残して、住宅地や商店があったところがほとんど流されてしまいました。

望月社長が驚かれたのが、震災当時、多くの人たちが道路代わりに線路の上を歩いていたこと。

瓦礫で道路が埋まってしまっていたため、高台にある線路を歩く以外、移動手段がなかったのです。

その様子を見て、「これは一刻も早く鉄道を走らせなければ」と決意されたそうです。

震災から5日後の3月16日に久慈~陸中野田間、20日に宮古~田老間、29日に田老~小本間が運転再開。

震災で甚大な被害を受けた鉄道の中でどこよりも早く鉄道を走らせた望月社長の行動力に、改めて感銘を受けました。


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駅のホームから見た田老地区。

3年前にほあしさん達が取材に訪れた時は瓦礫や土台も少し残っていたそうですが、今は完全に撤去され、更地に緑が生え始めています。

「田老地区は、市街地の嵩上げと、高台移転を進めているところです。それまで待てないと、自分で別の高台に家を建てる方もいますが、ほとんどの方は今も仮設住宅で暮らされています。」

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望月社長に先導していだだいて、田老にある「万里の長城」と呼ばれていた長大な防潮堤の上を歩きました。

X字型の二重に町を守る構造で、総延長は2400m、海面からの高さは高いところで10mの立派な防潮堤でしたが、津波はその上を越えていったそうです。

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「もう少し、ご一緒したかったのですが、ここで失礼させていただきますね。よい旅を!」

望月社長、お忙しい中、ありがとうございました!

(石巻・三陸鉄道、再訪の旅(後編)⑤~三陸鉄道北リアス線~に続く)

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